生きるかとなんでたぶん
単純なものなんだ。
お腹が空いたらたべ、
眠くなれば眠り、
より郵趣な子孫を残すために
自分な持ってないものをすきになり
その間に子供を設ける
時々刻々、すぎる時間のときに
齢をかさね
老いていくことをうけいれ
寝ていることがおおくなるかもしれない
そのときまでに、
したいと思うことはして
しなければならないことをする
そしたら、いるべき場所が自ずとついてきて、
老いて眠り続けるとき
ほっとして眠りにつく。
なのに全てはそういっていないじゃないか。
なにかが間違ってるにちがいない
間違いは正すとおしえられたから、
間違いはただそう。
優先順位の高いものからまずはこなして
老いの安らかなときの為に
いきようとしていればいい。
間違いにまだ、正しい理由ばかり探す。
そんな弱さをまずは捨てたい
やりたいこと、やればいい
したいこと、したらいい
できることをしたらいい
もっているもので、
できることをして
その先にぼんやりとした像をおいておく
その像にむかって
欲しいものをときに必死に手に入れ
失敗したら
アクセスをかえてまたチャレンジする。
そのくりかえし
自分の居場所を確認するのは
平行棒の上を
足の裏で確認しながら歩くのににている。
あたしのこと好き?
自分が受け入れられるか、について
自己努力の範疇にないから
たとえ、答えがかえってきてももしかしたら、意味はない
そもそも、居場所なんか考えることはいらない
あたしはここにいる
出会う人に
心地よい場所をつくろう
徒労を恐れずに
心地よい場所をつくること
時は
人の知恵を超え
ひとにできることはただひとつ
備えているということ
「あなたは今日も備えていたか?」
あたしのこと好き?のかわりに
備えを吟味すること
今日も明日も
それなら、自己努力の範疇をこえない
誠実であろう
まずは自分に
そして人に
愛するために何をするか、
それが誠実に接するということ。
落ち度が多くとも
愛からでたものは
悪にならないとただ、信じて
与えられた命に誠実であろう。
先日、猫の里親会にいってきた。http://banbihouse.blog69.fc2.com/?no=2525
白黒猫のほくろちゃんが明日からうちにくる。
仲良くできるかな?